最初の頃(実は今でもそうなのですが)、皆の話している言葉の意味がよくわからな いことが多々ありました。いわゆる山用語というか沢登り用語というか、「今度の沢は ナメがきれいだよ。」「ゴーロが続いて…」「ゴルジュを抜けるとえんていに出て…」 「そこう図書いて…」なんて言われても何が何だかわからなくて、しかし、いちいち聞 き返すのもためらわれて、ぼーっと聞いているだけでした。
留学生がよく「先生、漢字 で書いてください。」と言うのですが、その気持ちがよくわかりました。家に帰って、 辞書をひいてみても、ふつうの辞書には載っていない言葉もけっこうあるのです。で、 図書館で『沢登りの本』なんていうのを借りて調べてみると…。
『ナメ』 傾斜のない一枚岩の上を水が滑るように流れている地形。なるほど「滑」ねえ。たしかによく滑る。
『ゴルジュ』 もともとフランス語の『咽喉』の意味で『廊下』『背戸』『通らず』『函』などの呼び方もある。皆、フランス語使ってたのね。しかし、「通らずを通って…」なんて言われるともっとわけがわからん。
『ゴーロ』 大岩がゴロゴロころがっている所。これって語源は日本語なんですか?
『堰堤』 人工的に流れを堰止めている建造物。大きいのものダム。そうだよなあ。沢の中にいきなり園庭があるわけないもんな。
『遡行図』 『素行図』じゃなくてよかった!「ここで○×は煙草を吸った」とか「○△はたき火でお尻をあぶった」とか「△×はめがねを飛ばした」とかいちいちチェックするのは大変だ。
『へつる』という言葉も、その場の状況から意味はわかったのですが、ふだんあまり 耳にしない言葉です。活用してみると何だか変。 へつらない/へつります/へつる/へつる時/へつれば/へつれ
「ここはへつらない方がいいんじゃないですか。」 「いや、へつろう。」 「へつるのは無理ですよ。」 「大丈夫。へつれる、へつれる。」 「わかりました。へつればいいんでしょ、へつれば。」 「つべこべ言ってないで、はやくへつれよ!」
こういう会話は沢登りをする人達の間ではふつうなんでしょうね。ちなみに、へつり損ねて足を捻挫したのは、私です。広辞苑をひいてみると、『へつる』というのは『へずる』で、『剥る』と書くそうです。意味は(1)すこし削り取る、減らす(端をへずる)(2)ごまかして盗み取る、かすめ取る(さいふから一文へずった)と書いてありました。(2)の意味だとしたら、上記の会話はせこいこそ泥の会話じゃないですか。『へつり』という項目では、「東日本で山中の絶壁や川岸などの険岨な路などのことをいう」と出ていましたから、この名詞が動詞になったのでしょうか。関係ないけど、となりには『へつらう』という言葉が載っていました。例文ができました。—妻にへつらって、沢に行かせてもらっています(?)—
『藪漕ぎ』というのも耳慣れない言葉でした。今では、よく分かります。雰囲気がよくでていますよね。藪漕ぎは本当に大変。以前、誰かに話したことがあると思うのですが、『藪』のつく言葉にろくなのはないと思います。『藪から棒』『薮蛇』『藪医者』『藪睨み』…『藪の中』という小説もありました。ちなみに、なんで『藪医者』というか知っていましたか。私は知りませんでした。本当は『野巫医者』なんだそうです。昔は、巫女が祈祷で病気を直していましたが、上手に直せない巫女を、田舎者を表わすののしり言葉の『野』をつけて『野巫』と言ったのだそうです。
ああ、本当に山の言葉はむずかしい。
えっ?くだらないことばかり言ってないで、脚を鍛えて、山行に参加して、技術を習得しなさいって?
—–わかりました。(も)