遡行図考

(作図の意義)

最近の山に行けない休日、未整理だった遡行記録を少しずつ整理して、山中の雰囲気をささやかながら味わう時間を貴重に感じています。

振り返れば沢登りを始めたばかりの頃は、リーダーや先輩達について行くことに精一杯で、そもそも余裕が無かったわけですが、原体験の感動にひたっていた最中に、ちまちまと記録をつけることはやはり必要なかったのかも知れません。
1シーズンを経て、或る程度自分の判断で登れるようになり余裕が出来てきて、遡行メモをつけ始めたのですが、つける過程で地形と一緒に登攀・高巻ルートなどもじっくり観察することになるわけで、技量の向上に大いに有用であったと思います。
あちこち足しげく出かけるようになってからは、”内容”の薄い沢あるいはポピュラーな沢は記録をつける意義なしとして、美食家を気取っていた時期もありましたが、もったいないことをしていたもので、だんだん山に行けるチャンスが少なくなってきた昨今、訪れた沢には選り好みせず記録をつけ、敬愛の意を表するようにしています。
会の山行報告や投稿の為に記録をとり、作図する義務的な面も時にはありますが、大部分は私的に楽しんでいるもので、パーティーに記録係が別にいても、あれやこれやメモと写真をとっていて、時にはメンバーにご迷惑を掛けているやもしれず、申し訳なく思っています。
私的なものであると割り切る以上、メモや写真に頼らず、原体験の時さながらに感動を網膜と胸に焼き付けてゆくのが究極の方法なのでしょうが、そんな境地に未だ達し得ないので、山から下りても何度でも反芻して楽しむすべとして相変わらず記録をとり、遡行図を仕上げている-それが今の私にとっての作図の意義です。

(何を重視するか)

この様に私的なものとして作図するとしても、会の記録等の公的なものと兼用させるのであれば必要最低限の客観情報は欠かせません。まずは現地で極力細かく情報を記録するのが当然として、これを作図時にふるいにかけていく。
その際、登攀・高巻きルートの詳細な記述を重視するか、沢から沢へ行動したルートを水平的な広がりでもって把握しようとするのか等、重心の置き方次第で対象物が同じでも色々な図面が出来上がります。そんな記録者の意図や、意識的あるいは無意識の内に織り込まれている個性を読み取るのも楽しいものです。
私は遡行図は沢や谷のポートレート(肖像画)と捉えて、一瞥した時に、ああこの沢はこういう顔をしていて、どんな体格をしているなというのが自然に感じられ、地形図との照合もしやすい一覧性を重視した作図を心がけたいと思っています。人物のポートレートが首と胴体を切り離して描かれることがないように、沢や谷のそれにも敬意を払って、その雰囲気が薫るように描くことが理想です。他の人が見てどれだけこの意図が成功しているかは自信が無いのですが、以下そうしたスタイルで手法を考えていきます。

(縮尺考)

■1/12,500

一本の沢をA4のスペースに折り返しなしで描こうとする時、1泊2日行程の沢の殆どは1/12,500 (8cm = 1km)という縮尺でバランスよく収まる為、これを基本に。 2万5千図を倍にして描けばいいのでデッサンもしやすい(例①)。

例①:1/12,500図

■1/16,700

2泊3日行程の沢は 1/16,700 (6cm = 1km)を多用。水平距離では収まっても滝の数など情報量が多い時はその限りではないが、例②程度までは、見易さを損なわず書き込める。

例②:1/16,700図

■1/25,000、折り返し表記

例③:1/25,000図、ゴルジュ(ゲジゲジ)、大岩壁、ゴルジュ(直線記号)、スラブ、ナメ、ザレ
例④:1/16,700-折り返し表示
例⑤:部分拡大表示、活字



1/16,700でも収まりきらない長大な沢の場合は2万5千図と等倍の1/25,000 (4cm = 1km)を使用することもあるが(例③)、情報量が多くて詰め込めないときは1/12,500 或いは16,700で折り返し表記をすることになる(例④)。情報密度がピンポイントで濃いときは部分的に拡大抜粋表示とする手もある(例⑤)。

縮尺にこだわるのは面倒ですが、沢の規模をイメージしたり、他の沢と比較したりする際に有効な手段だと思っています。例⑥は例③と同山域の沢で、それぞれ一覧性と情報密度を考慮して作図してありますが、縮尺を考慮しておかないと沢の規模の違いは地形図で照合しないとイメージ出来ない。

遡行図に「xx万分の1」と記載してもいいが、会報やWEB掲載時などに拡大・縮小されてもスケール感が把握できるように、縮尺目盛をつけることを提案したい。表計算ソフトなどを使って手作りでラベルを用意しておけば良い。
沢の湾曲・屈曲描写については原則地形図を信用している。実際のルートファインディングでもそうしているわけだし、我々の現地での記録時の水平方向の目測は誤差が大きいと思っている。 但し、作図の際には何が何でも地形図に忠実ではなく、情報密度により細かい点でのデフォルメはためらわずに多用。

例⑥:例③との縮尺比較

(表記考)

■滝・ナメ記号
滝のような垂直情報を記号表記するのは難しいので、斜度・形状(直瀑、斜瀑、岩溝状、チムニー状、ナメ状、幅広・堰堤状、階段状、ゴーロ状、C.S.(チョックストーン)滝、X条、X段等々)や数字を併記することになる。高度10m迄は1m刻み、20m迄は2mないし5m刻み、30m以上は10m刻みにしている。2m以上3m未満の小滝は原則数字併記を省略。これ以下の小滝は記号も省略。ゴーロ滝はケースバイケース。大滝は記号を大きめに書いてメリハリをつけるとイメージしやすいが、さらに登攀記録があるのなら、垂直の概念図としてのクライミングルート図を別途描けば充実する。
ナメの距離も数字を併記するが、通常あえて併記するようなナメは数十mはあるから、1/12,500表記なら記号で実感に近い表現も可能。
■露岩・ゴルジュ記号他
もっとも一般的に使われるゲジゲジ記号(例③)は、よくよく考えると高度・斜度・沢幅といった情報が交じり合った複雑かつ曖昧な表記であることから使い方に悩む。 あえて規定を試みると、高度3m以上、斜度45度以上で、5m以上連続し、沢幅が相対的に狭まっている所といった感じか。高度が30mを超えるような場合は大岩壁記号(例③)と数字を併記。高度3m未満でもスラブ状に連続するときや、極端に狭いところは直線記号(例③)を水線沿いに記入しているが、世間であまねく使われているものではなさそう。
■その他
スラブ記号(例③)とナメ記号(例③)、あるいはゴーロ・ガレ・ザレ記号(例③)の使い分けも、特に枝沢を表現する際に悩ましいが、露出部の幅や水量で適宜使い分ける。
高度情報は別途補えるとしても、幅情報(川幅、両岸壁の距離、高巻き迂回路)は記録時の把握も難しく、縮尺の長さ情報とは切り離して適宜デフォルメして実感を再現するしかない様です。

(道具考)

■筆記具
鉛筆による下書きと、製図用0.2mm水性顔料インクペンでの清書。もっと良い清書ペンを使っているという人は教えて下さい。
■紙
一枚10円位の漫画原稿用紙を使用。うたい文句通り、インクのにじみがなく、消しゴムをかけた際の毛羽立ちもなく使いやすい。
■拡大儀
マジックハンドみたいなやつ。大きい文房具店の製図用具コーナーで2000円程度で売っている。一方の突起で2万5千図をなぞると、一方の鉛筆芯が紙に写す。 目分量のデッサンでも事足りるが、便利は便利。縮尺率の刻みは限られるが、これまで述べてきた縮尺率はOK。縮小にも使える。
■ガラス板
適度な重みがあり、拡大儀でトレースする際に2万5千図を押さえるのに使う。以前解体したテレビ台の前扉がちょうど使いやすいサイズで重宝している。
■照明付トレース台
コピーやスキャンで不明瞭になった図面を復元する際などに欲しいが、買うと高いし場所も取る。ガラス板と適当な光源があれば代用できる。

(活字考)

数字・注釈を活字にすると読みやすく美しいので公開記録には活用したい。A連峰の遡行図集の整理にあたって数十枚処理した経験では、(A)遡行図毎に表記をワープロで片っ端から打ち込み、(B)切り込みのないラベルシートに印刷、(C)カッターで切り離して張付、というのが原始的だが細かいところで融通が利き、効率も良い。(例⑤)図形情報だけの遡行図をスキャナーで読み込んで、文字情報をオブジェクトとして埋め込んでいく手もあるが、かなり面倒だと思う。
図形・文字情報共々作図をデジタル化することは魅力的ですが、ソフトもハードも決定版は未だ無いようですね。但し、将来遡行図作成専用ソフトが開発されたとしても、誰が書いても画一的になってしまうというのでは味気ない。

(再び、何を重視するのか)

簡素かつ、必要十分に、美しく、そして沢への敬愛を込めて…(K – 2002年10月執筆)

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