栗駒・産女川

2002年10月5日(土)〜10月6日(日)
L西、松之舎、増田

2002/10/05 栗駒:産女川

紅葉のナメ沢を歩いてみたくて、西さんの誘いに衝動乗りしてしまったのだが、好天に恵まれ期待どおりの山行ができた。今記録を書くために地形図を広げ遡行図を清書していると、改めてナメと紅葉と青空のコントラストが目に浮かんでくる。

10月5日(土) 快晴
夜行バスを前沢で降り、予約してあったタクシーに乗り込む。タクシーの運転手さんはいかつい風貌とは反対に気さくな人で、笊森避難小屋が去年新築されたという情報をくれ、途中毛越寺や厳美渓の観光案内までしてくれた。

産女橋に続く林道の途中で車を降りて歩き始める。林道から目にする山の上の方は紅葉真っ盛りで、道の脇の木々も既に色づきはじめていた。秋の朝のさわやかな空気の中、1時間40分の林道歩きで産女川の出合に到着。橋の右の明瞭な踏み跡から沢に降りる。

入渓点からいきなりナメが続く。ナメの先にはすだれ状の6mの滝。その上にも段々状の連瀑、川幅いっぱいの1mの滝などがあり、いきなりさすがは評判に聞く産女!という感じだ。ゴルジュを抜けるとすだれ状の3連の滝が現れる。一番手前の4mの滝は空身なら細かいホールドを拾って登れそうだが、どうせ奥の15mの滝は高巻

きになるので、それならばと少し下がって3つともいっぺんに右岸から高巻いた。その滝を超えるとしばらくは長いゴーロ歩きとなる。

ゴルジュの連瀑を抜けると沢が急に開け、そこから長いナメが始まる。ナメは所々に斜瀑をかけて続く。両岸の山肌の紅葉が見事だ。青空の下、紅葉を愛でながらひたひたとナメを歩く。期待していたシーンだ。

7m、3mの滝を左岸から巻くと再びナメが始まる。このあたりから両岸が開けて低くなり、左岸が草地となる。草地も既に草紅葉となって金色に輝いている。振り返って両岸の山肌の紅葉にしばし見とれる。

笊森避難小屋が見えたと思ったらあっという間に小屋が近づいてきた。振り返り振り返りヤブコギのないひたひたナメの源頭を楽しむ。

草原を登って小屋に入ってみた。新品のきれいな小屋で誰もいないとなると、自分の中の軟弱ムシが騒ぎ始める。

軟弱ムシ:「もう15:30だよ。これから磐井川を下ると暗くなるよ。」
強行ムシ:「計画書どおり行動しようじゃないか。」
軟弱ムシ:「臨機応変という言葉を知っているか。秋の紅葉の沢なんだぜ。のんびり行こうじゃないか。」
強行ムシ:「沢の中で焚火をするんだ。」
軟弱ムシ:「焚火のできそうな地形のところまでは少なくとも1時間、滝でもあれば2時間はかかるよ。暗くなってから薪集めかい?しかも快適なテン場があるという保障はないよ。」
強行ムシ:「・・・・・・・・」
軟弱ムシ:「それに夜行バスのせいか今日は疲れたよ。ここは快適な小屋、眺めもいいし、我々の独占だし。」

というわけで意外と早く勝負がついて、水洗トイレ付きの小屋に泊まることとなった。荷物を整理して水汲みを終えたら表へ出て乾杯。夕日に染まる笊森山や栗駒山を眺めながら、このなだらかな山肌をスキーで滑ってみたい。絶対に雪の季節に来ようという思いを固めた。
この日の食当は西リーダー。当然のように重くかつ豪勢な食事。メインデッシュは鶏鍋だった。酒を飲みながら西リーダーが「明日は早起きして予定どおり磐井川を下り、ゼッタ沢を登り返そう。」とか、「磐井川の左岐を下って右岐を登り返そう。」とか言っていたが、私とマッチャンは本気にしなかった。夜外へ出ると満天の星だった。今日は何から何まで恵まれた日だった。

10月6日(日) 晴れのちくもり
一度くじけ始めたらとことん落ちるところまで落ちてしまうもの。昨夜威勢のいいことを言っていた西リーダーがなかなか起きない。結局ガスがかかっているからとかなんとか理由をつけて、登山道を栗駒山経由で須川温泉に下ることとなった。栗駒山は虎毛方面が見えることを期待したのだが、ガスでダメだった。下りは多くの登山者による渋滞に巻き込まれる。

須川温泉の露天風呂で体を温めたあと、バスの時間までゆっくりと酒を飲んだ。(記:増田)

《コースタイム》
10月5日:林道車止(7:00)〜産女橋(8:40〜9:20)〜笊森避難小屋(15:30)
10月6日:避難小屋(8:45)〜栗駒山(10:00) 〜須川温泉(11:30)

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