和賀・堀内川辰巳又沢

2002年10月12日(土)〜14日(月)
L佐藤、五十嵐、古川原

2002/10/12 和賀:辰巳又沢

朝、目が覚めるとバスは確かに自分を違う世界へと連れてきていた。空気は白く霞み、ほのかに森の木々の香りを含んでいた。おそらくは、これから自分の向かう、和賀の山々から降りてきた空気なのだろうと思い、朝のまどろみの時間にその東北特有の香りだけを頼りにこれから自分は起きようとしていることを理解していた。

そして目が十分に覚めるころには、バスの中には我々だけがとり残されていた。1人、前に座った五十嵐さんに話しかけながら、昨日の夜は前に座ったくそガキの割にはよく眠れた、東北の沢に来るのは久しぶりだ、などといろいろな考えを巡らせていた。

角館は風情のあるところだ。空気は冷たく、少し離れた所には目には映らないが、空気が動いているのが分かる。冷えた握り飯はこういう時、駅で電車を待つのにちょうどいい。また、電車が来れば、改札口へと流れ出る女子高生の明るいあいさつが軽い感動を引き起こす。ひょっとしたらこのために自分は山に行くのかもしれない。

券売機しかない神代の駅には2台のタクシーが待っていた。あれ程、東京で宣伝をしている、その抱き返り渓谷の最寄り駅とは誰が分かるだろう。そして、我々を乗せたタクシーは大きな砂利もまだしっとりと濡れた林道を慎重に、でもいらいらするほどゆっくりと行く。そんな運転手に苛立ちがつのってきているのか、諦めがつのってきているのか分からなくなってきた頃、堀内川に着いた。

ここからは小一時間ほどの楽しい林道歩きである。果たして佐藤さんの予告どおり栗は大量に散らばっていた。着替えを済ませて多少は軽くなったはずのザックもさすがにこの栗を拾う時ばかりは重たすぎた。そして、米に換算したら何合になるであろうか、分からないほどの袋一杯の栗がザックに詰められたのである。

取水堰を越えてしばらく進んだところで沢と出会う。水は美しく光り輝いている。やはりここは東北の沢、その輝く青緑色の水はどこまでも透明で、美しく、ため息しか覚えない。この色と輝きに再び巡り会えたことが素直に何よりもうれしい。

冷たい空気の中、確かにそのたおやかな流れは永遠の時に止まっていた。沢の水は確かに流れ、そして音をたててはいたが、とても水が動いているようには思えなかった。ただ、冷たく自分の沢足袋に染み入ってくるだけであった。その止まった時間の流れの中で唯一、我々6人だけが集合離散を繰り返しながら動いていた。6人がふと集まるとそこにはいかにもきのこのありそうな倒木があり、しゃがんだり、またいでみたりしてみながら、ああだ、こうだ、と言いあったのであった。

決してきのこ採りに精を出したわけでも、その永遠の時に体を休めていたわけでもない。むしろ、我々は何かに焦り、急き立てられるように急いでいたのである。しかしながら、明らかに我々は行動予定より遅れていた。水が冷たいせいか、ゴーロが歩きにくいせいなのか、それとも、我々を遅らせている何かがあるのか。その答えはわからなかった。

秋は影が濃い。秋には影の中に異様な力が潜んでいる。そのような力を見てとらない人は、きっと、秋は空気が澄んでいるから、乾燥しているから、と言うであろう。しかし、他の季節にも増して黒々とした影には確かに何かある種の不気味さが潜んでいた。その不気味さとは、忍び来る冬の気配の先陣が、昼間の間は影の中に隠れ潜んでいることによるのか、あるいは、死の季節を静かに迎えようと決めた草木や石の霊の決心の表れなのか、よくは分からなかった。ただ言えることは、その気は山を静寂の世界に変え、結果的に時間の流れは止まっていた。はかない命のきのこでさえも、そこでは永遠に秋の傾いた陽に輝いていた。

川底の玉石にくっきりと写った木々の梢の影を眺めながら、我々は思い悩んでいた。進むべきなのか、進まざるべきなのか。今日の予定のテン場は多少のゴルジュをこえた先であり、そこに着くには夕闇の中を行動しなければならないのは明白であった。それほどの時間もかからずに、少しは強気でいた佐藤さんも何かに気づいたように今日のテン場は手前にしよう、と言った。

そうと決まれば、テン場に着くのにそれほど時間はかからなかった。マンダノ沢出合いを今日の泊場としたが、決して広く快適だと言えるほどのところではなかった。しかし、今晩は八龍沢パーティーの3人も一緒なのでその分、宴も賑やかになるであろう。闇が迫り、昼間は木々の葉の陰に隠れていた魔力が這い出てくるころではあったが、それを気にせず元気のあるものはめいめいの方向へきのこを探しに出かけていった。

その夜は寒い夜となった。しかし、多くのメンバーと焚き火と大量のきのこ料理のおかげで、別段、闇のことは気にならなかった。自分はそうそうにテントにもぐりこんでしまったが、五十嵐さん、増田さん、関さんの3人は外で眠ったようだった。

次の朝は、疲れているはずなのに、すぐに目が覚めた。今日は行程が長いので7時には出なければ間に合わない。こんなに早くに出るのは極めてめずらしいが、まだ暗い中、撤収をして時間通りに発つ。

ここからは沢はぐんと高度を増す。朝早く、流れのない空気の中に2、3mの滝ともいえない落ち込みだけが動いている。しばらくして出てきた2段5・6mは水流を横切れば行けなくもないが、昨日からのこともあり、ここは一歩引きさがる。右から巻き、続く3段の高い滝も、一度沢筋に降りるというあまり考えられないことを佐藤Lのもと導かれて、今度は左から巻く。秋の空気の下、このような登りは幾許かの緊張を引き起こす。

辰巳沢すぐ手前の3mはどうみても泳がなければ大変な巻きになる。水は当然のごとく、身を切るように冷たいのは分かってはいたが、ここで引いては自分がこの魔力に押しつぶされてしまうのが分かっていた。威勢を張って水に飛び込む。数秒で股間が痛み出す。大事なところが切り落とされる前に何とか乗り切り、後続のみんなを引き上げた。ここの泳ぎは皆を驚くほど消耗させた。

辰巳沢出合いで40分もの長い休憩をとったあと、いざ、辰巳沢に入る。ここから先もしばらくゴルジュは続く。6、7mの滝が連続する。いずれもすぐ脇を登れるか、簡単に巻けるかのどちらかである。先ほどの泳ぎで手足は伸びないが、空も明るく、陽が近くまで射してきているのが、陰鬱さを感じさせない。しかし、秋の気配が絶えず我々の傍から離れることはなかった。

源頭近くになってくるとナメも連続して出てくるようになった。そのこと自体は喜ばしいことであるのだが、水も涸れるころになってくると、藪もかかるようになってきて、さらに悪い事には潅木も混じるようになる。最短距離を求めて左目に攻めていった我々の戦略は、稜線近くの密藪を抜けた時に、間違いと明らかになった。そこには道はおろか、踏み跡さえも残っていなかった。

これからまたこの密藪をずっと和賀岳まで行くのかと、しばし、遠く、行く先を眺めて呆然とするが、時間はなかった。辺りの山々には、1、2週間前は美しく黄色く染まっていたはずであろうぶなの木々の葉が茶色く枯れ果て、しかし考えられないようなことに、夕日に染まり真紅にその命の最後の一光を放っていた。風の音が遠くのほうで僅かに鳴るだけで全くもって静かであった。ここにきて、またその顕わになった秋の魔力に無意識のうちに耐えがたくなり、逃れるように我々は先を急ぎ、動き始めた。

和賀岳手前で、大鷲倉パーティーと連絡が取れた。八龍沢パーティーと連絡が取れないのが不安を誘う。いずれにしろ我々自身も時間がないので休むのもほどほどに、和賀岳頂上を越して、小杉山まで行く。

小杉山で大鷲倉パーティーと合流できた。八龍沢パーティーのことを考え、これからの行動の方針を手短に話し合う。結局我々は、焚き火を求めて、夕日の落ちるのと競い、沢に降りることにした。そして再び出発。

あまり踏まれていない土の柔らかい道を飛ばして降りる。目指すは袖川沢源頭のコルである。焦りはほんの短い距離をいつまでたっても我々を歩かせ切れさせなかった。

コルには稜線歩きの人がテントを張っていた。少々驚いたが、きっともう真っ暗になりかけている時に、そこから藪の中に突っ込んでいった我々を見た彼らのほうがよっぽど驚いたに違いない。でも、その時は、夕闇のなか沢を降りることに神経は張り詰めていた。足先に触れる落ち葉一枚でさえ、長い眠りにつこうとしているのが分かった。

すぐに水が出てきて沢筋を降りていった。佐藤さんの何もないよ、という言葉が頭の中に残っている。ナメの中の3、5、3、3、と続く小滝を慎重にクライムダウンする。そして、目の前に黒い影がなくなったところに、ひときわ大きい水音が10mの滝の所在を教えていた。ザイルを引き出し、初めての懐電での懸垂。多少の興奮をしながらも、冷静にこの緊張感を楽しんでいた。それなりの時間が目を瞬く間に過ぎていった。

そこからも緊張を抜くことなく、幾つかの大きめのナメ滝を降りていった。しばらく行くと、そこにはテントを張るのにいい場所が待っていた。焚き火もできそうだ。暗い中、テキパキとテントを張り、薪を集め、小さいながらも立派な火を点した。夕めしはうまく、火は我々を暖めた。この日は長い行動で疲れていたはずであったが、その火の下、遅くまで五十嵐さんと語り合った。

翌日もそれなりに朝早い出発となった。ついに今日は下山である。本当に何もないはずであろう、特に気を入れなくてもいいはずであろう1日となるだろうが、それなりに長い行程ではあるので一応、気を入れて発つ。途中、それなりのナメ滝をいくつかクライムダウンしていき、すぐに竹ノ内沢の左俣と出合う。そしてまたキトノ沢と出合い、袖川沢本流となり、沢は極端に平坦となる。いいテン場が連続する中、五十嵐さんと昨日はここまで来れればね、と話しながら足早に歩く。左岸に地元の人が使うのであろうか、道を発見して喜びながらそれをたどり下っていく。そのいい道はときどき沢を渡るので、我々もときどき道を見失うが、それでも大分、距離は稼げた。いつの間にか、倒木で落ち口が埋まった5m滝の巻き道をたどっている最中に大杉沢も過ぎた。そして尚も、等々と流れる沢を下っていった。

河原がとても広くなり、ちょうど白い石が眩しくなってきた頃、大きな堰堤についた。真木渓谷林道のところ、終点である。そこでは、それはほんとうに水が美しく輝いていた。林道脇にある駐車場で着替えていると他の2パーティーを迎えに行っているジャンボタクシーが過ぎていった。今まで寒く、暗い山の中にいたことが嘘のように爽やかに晴れ渡り、暖かで、Tシャツ1枚で十分気持ちがいい陽気だった。そんな中、くつろぎ始めようとした時ちょうど、他の2パーティーのみんなを乗せたタクシーが到着した。

あれから、もう1ヶ月の時が過ぎてしまった。あの時山で感じた空気は2週間の後、東京にまで及んだ。そしてそれからしばらくはその重苦しい空気の中にただ、必死に耐えるしかなかった。そして、その空気もどこかへ去った今、これから何が一体どうなってしまうのか、不安に考えている最中である。(記:古川原)

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