山と神社とミゾゴイと

 高尾にある実家の裏山で聞こえてくるボ、ボー、ボ、ボーという木管楽器のような声が気になりだしたのは、今から5年ほど前の初夏のことだ。胸に響くような低い柔らかい声だ。録音をして鳥に詳しい知り合いに聞かせてみると、ミゾゴイという木の上にすむ鷺の仲間であるとのことだった。

その山からは四季折々いろいろな鳥の声が聞こえてくる。ウグイス、ホオジロ、イカル、メジロ、キビタキ、キツツキ……夜になるとフクロウも鳴く。夜道を歩いていると、上空をホトトギスやらゴイサギがあわただしく飛んでいくこともある。都心からたった1時間しか離れていない、なんてことない近所の山だが、結構いろいろな生き物が住んでいるのだ。

この山の北半分がざっくり削られてそこに学校ができる、という話を聞いた。もうその時にはすでに造成が始まっていて、裏山のところどころは茶色い地肌を見せていた。それでもときどきフクロウは鳴いていたが、ミゾゴイの声は聞こえなくなっていた。

この開発には、自然保護の面だけではなく、地下の防空壕の存在、地質のもろさからの安全面からもいくつかの疑念が呈されており、地元での反対運動もさかんだった。しかし私自身は興味を感じつつも、日々の忙しさにかまけて、時々新聞記事で見る程度であった。
山の頂には金刀比羅神社がある。幼い頃は近所の子供たちとよくここで遊んだものだった。ある日、ここから、なにやらにぎやかな歌声やらお経(?)やらが聞こえてきた。どうやら山の開発に反対する人々が、「金刀比羅講」なる団体をつくって、集っているらしい。主婦たちは月桂樹で”こんぴらさん”の「みどりの輪」をつくって売り出し、運動を広めた。野次馬根性でさまざまな国籍の外国人も集まってきていた5月には「新緑祭」を開いて、歌やガラクタ市、<自然護持未来永劫>を訴えた「緑のお札」の販売をおこなった。金刀比羅山は一気ににぎやかになった。
こんな彼らのゲリラ的ともいえる自然保護戦法は、遊び感覚の面もあったが、会誌などはなかなかまじめで、独自のアセスメントなども行ったらしい。しかし、開発許可がすでに出てしまっているだけに、せっかくの運動も例によって例のごとく所詮はあだ花に散ってしまうのだろうな、いうのが私の正直な感想であった。

そんなわけで、ある日ふと新聞で「金刀比羅山のへの移転断念、自然保護実る」という大きな見出しを見つけたときの驚きは大きかった。学園側が神社と地元との了解の問題に苦慮し、この山への移転を断念すること表明したのだ。「金刀比羅講」側はこの決断を歓迎し、今後学園側と手を携えて、この山を自然公園として保全していきたい、などと語っていた。
「でかした、でかした」、と彼らの頑張りに喝采すると同時に、いつも負けている自然保護運動が実ったことに、なにやら胸があつくなった。

その山からは、しかし、失われてしまったミゾゴイの声はもうもどってこなかった。(み)

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