沢の中での増水、とりわけ鉄砲水は危険なので注意するようにとガイドブックには良く書かれていますが、会員諸氏で増水で辛い目や危険な目に会った人は少ないと思います。そこで、恥を忍んで私の経験を紹介したいと思います。
初めて増水で辛い目に会ったのはもう20年前以上になります。当時は渓流釣りのクラブに入っており、とある沢に2泊の計画で岩魚釣りに行った時のことです。
易しい沢なので雨が降っても大した増水はしないということで、軽い気持ちで東京を発ちました。翌日、ゴムボー卜でダム湖を渡り、1時間程遡行した広い河原の端をテントサイ卜にしました。1日目は上流部に釣りに行き、2日目はボートでダム湖を渡り、別の沢へ入りました。2日目の釣りから帰って、そのボ一トはバックウォーターから少し離れた2~3m程高い草むらに丸めて置き、テントに戻りました。
夕方、ダム湖や川面に靄がかかり、深山の雰囲気だったことを覚えています。テン卜場で焚き火をし、食事を済ます頃から雨が降りだし、次第に強くなりました。恥ずかしいことにラジオを持っていなかったので、前線や気圧配置等の状況が分かりません。ただ、リーダー (遙遥のではない)が険しい沢ではないことと、広い河原だから増水しても大丈夫だと言っていたと思います。後で分かったのですが、集中豪雨のため大雨洪水警報がでていたようです。さらには、下流域には増水のため、避難命令が発せられていたとのことでした。
激しい雨の中、我々は就寝しましたが、リーダーは河原に目印のケルンを作ったようです。12時過ぎにリーダーに起こされ、テントサイトが増水で危険なので移動する、と告げられました。この時は荷物をまとめながら、雨の中に出るのはいやだなーと思う程度でした。外に出ると夕方には水流から20m以上・高さも2mはあったテン卜サイトにもかかわらず、濁流が2~3m程にまで迫っていました・少し焦りながら、既にリーダーが下見をしていた、さらに2~3m 程高い樹林の中にテントを移動することになりました。
当時はドーム型テントではなく、グランドシー卜が別の屋根型テントだったのでまず、グランドシートを敷くと、あっと言う間にシートが完全にプール状態になり、真ん中を持ち上げて水を流しながらポールを建てて、テン卜を張りました。中に入っても水を流してから全員が中に入りました。シュラフを出したりして寝る体制が出来たところで、リーダーが念のため外を見ると、もうそこまで濁流が迫っており、一刻の猶予もない状態でした。我々はリーダーの指示で全員、再び荷物をまとめ、10mほど斜面を上がりました。僅か30分で水位が2~3m上がったことになります。私などは増水の速さに驚いて、膝がガクガクしていました。もう、テントを張るスペースは無く、雨具で斜面に座ったまま、夜を明かしました。
4時過ぎに薄明るくなるとさらに水位は5m程上がっているようでした。また、大岩がまるで豆腐のようにプカプカ浮いて流れていくのが見えたり、濁流が当たっている斜面の直径が1mもあろうかという大木が倒れて流されているのが見え、増水の恐ろしさをかい間見た気がしました。
雨が小降りになったものの、水位はあまり引かず、やむなく斜面を高巻き下流に下ることにしましたが、ザックが全員、キスリングだったため、ヤブこきがかなりきつかった記憶があります。ほぼ半日の高巻き後、川の見える台地にテントを張ることができ、水位の引くのを待つことにしました。
翌日は晴れたものの、徒渉どころではない水位で停滞しました。下山予定の翌日、水位はまだ多かったものの、午前中にヘリコプターが飛んできてました。リーダーがポンチョを振ると、何度か通信筒を投げ、色々と合図をしたところ、捜索隊が向かっていることを知りました。
昼過ぎに、捜索隊(地元の山仕事の人)が到着しました。ゲカ人はいないので、捜索隊と一緒に斜面を高巻きながら下流へ向かいました。そこで驚いたのは、捜索隊の方々の持っているナタは我々の物よりはるかに薄いにもかかかわらず、腕ぐらいの木を一振りで切って道を作ってしまうことでした。そのお陰で、はるか下に流れが見えるような斜面を安心して高巻くことができました。平水には戻ってはいないものの、バックウォー夕ーも近づき、川原に降りると、あったはずの大岩が無かったりで、3日前の記億とは全く違った渓相となっており、石は異様に白っぼく、両岸も数mは苔や草はおろか、木も流されてしまつていました。
こうした経験をして以来、山の中で雨が降ると、寝ていてもテントを打つ音で必ず目が覚めるようになりました。
それから、20年以上が過ぎましたが、あまり樹林帯の中にテントを張るのは好きでないため、川原に張る結果として、夜中のテント移動を含め、テントサイトの水没は20回位、経験しています。しかし、たとえ快適であっても張ってはいけない所(中州や崖で退路を絶たれる所)には張らないし、増水した場合の退路を確認すること、上流の地形(スラブの山かどうかなど)を必ず確認するようになっています。そのお陰か、どの位の雨がどれだけ降れば、テントサイ卜が水没するかは見当がつくようになりました。また、同じ条件なら自力で安全に脱出できる技量もつきました。
次に、最近の鉄砲水の経験を一つ紹介します。それは、一昨年の「秋の集中」で、巻機山の五十沢水系に行った時のことです。
入会したての新人を連れ、中の滝沢に入りました。道を間違えたりして、中の滝沢のゴルジュ入口に着いたのは午後となり、雲行きが怪しくなっていました。少しでも先に進みたいところでしたが、ゴルジュの中で夕立に逢ったらアウ卜だろうと、安全をとってゴルジュの手前でテントを張ることにしました。
ある一人が快適な砂地を見つけ、ここが快適と主張したのですが、この辺りがスラブの山なため、夕立30分でここは水没すると話し、もう少し手前の台地にテントを張りました。草ムラであまり快適ではないものの、斜面に上がれるし、焚き火や食事は川原ですれば良いと思ったからです。
ビールを冷し、薪を集め終わると予想どおりの夕立です。15分程の本降りの後、小降りになったので、薪に火をつけようとテントから出ようとすると、いきなりゴオーという音がしました。一瞬、鉄砲水だと身構えましたが、あの位の雨なら大したことはないと思っていると、波のように水が押し寄せ、I0cmの水位が一気に30cm位上がり、薪とビールが流されてしまいました。半分は予想していたので、ビールを全て回収したのは不幸中の幸いでしたが、焚き火は細々とやる羽目になりました。
他の2人には、良い経験なので、少し上の砂地を見せに行くと、予想どおり水没していましたし、ゴルジュ入口の小滝が凄い水量となっていました。翌日は、集中時間に間に合わせるため遡行を諦め、出合に戻って登山道を上がりました。
最後に会員諸氏に増水の際のテン卜移動の夕イミングについて、私の考えを申し述べましょう。増水の際は、川原の石や岩、あるいはケルンを建てて、例えば何分で水位が何cm上がったかが分かれば、そこからテントサイトまで水位が上がる時間が大体分かります。そこで、あと30分で水没となったら、荷物をまとめ移動する。もちろん雨の降り方が一定であるという前提です。早く移動するのは安全ですが、結果として水没しないのなら、雨の中の移動が無駄かなと思います。もちろん、余裕のない場合もありますが。
例えば、テントサイトまで水が来ると、テントがいきなり持ち上げられますので、一刻の猶予もありません。流れがもろにあるのなら、体一つで逃げなければなりません。(そういう状態まで気づかないこと自体、言語道断です)流れがあまりないなら、荷物をまとめ移動する余裕がありますが、荷物を持ってテントを出る時に、テントが浮いて流されないように注意しましょう。(さ)