栗子・摺上川烏川滑谷沢

2004年9月25日(土)〜26日(日)
L長南・佐藤・関・古川

2004/09/25 栗子:摺上川

山形県と福島県の県境に栗子山はある。標高は1200mそこそこだが、地形図を見る限りその東面は広範囲の広葉樹林に覆われている。その中を摺上川の支流烏川が流れているわけだが、この摺上川はナメで有名な沢に8年ほど前に訪れたことがあり、今回は一大支流の烏川の源頭部の広葉樹林帯を見たくてゆっくりと入ってみることにした。

摺上川の記録は散見されるが、福島登高会が1987年に発行した『摺上川源流を訪ねて』という地域研究にこの流域が隈なく紹介され参考になる。
計画は「摺上川烏川下降〜滑谷沢滑谷奥沢ジシカ沢〜(同)三本松沢右俣下降〜滑谷沢本流」と滑谷沢中心のゆったりとしたものだったが、またしてもの雨で滑谷沢とその周辺の山を見て帰ってきた。

夜のうちに峠の駅に着き前夜祭。2週間前と同じシチュエーション。前回は明け方の雨で大滝沢が中止になり、姥湯に入り米沢から会津若松を観光して帰ってきたが、今回も明け方に雨。だが今回はテントもあるし沢よりも秋の恵みを狙って雨が上がるのを待って出発する。

東栗子トンネルの福島側入口手前に旧道があり「万世大路」と呼ばれていたらしい。「大路」とは思えない悪路がはじめは続くが、どうやらスキー場跡につけられた道らしく折り返す内に轍のしっかりした「大路」に相応しい道になる。早々にサルナシの熟れた実を古川さんが発見。すぐに弾けて間もない栗が散乱している。秋の林道歩きは時間がかかる。
摺上川へのトンネルは昭和9年のレンガ作りの立派な面構え。いかにも軍部の鳴り物入りで物資輸送のためにつくられたといった感じ。水の滴り落ちる暗い空間は別世界への入り口のような雰囲気を醸し出しているが、残念ながらトンネルを抜けても別世界は広がっていなかった。烏川に架かる橋の袂には4駆の車が止まり、さらに林道を歩いた先の滑谷沢に架かる橋の手前が車止めになっているのだが、そこにも4駆の車が何台も止まっている。林道沿いの森は社有林で伐採が入り、滑谷沢の上部も2次林だった。

滑谷沢にかかる橋まで行ってみて沢に降りる。流れが穏やか過ぎて水量も少ないので沢床は泥がたまって美しくない。車止から踏跡があるが、このあたりにあったという宿跡を見たかったので踏み跡を橋まで辿ったが当時を偲ばせるものは何も見つからなかった。
うねる沢を下降していくとご高齢の釣り師と出合う。車止から道を下り釣りあがってきたらしい。少々お話してから右岸を見渡すと確かにしっかりとした道がある。道を追っていくと三本松沢出合手前まで刈り払ったあともあった。沢はそろそろナメ沢の片鱗を見せはじめてくれていたが雨が落ちてきたので750m付近の平たい森の中にテントを張る。このあたりはテン場にできるくらいの河原はない。

雨が小止みになったので調子が悪く寝ている佐藤さんを残し、3人で沢の偵察がてらキノコとイワナを求め沢を下ってみる。9月ともなれば走る魚影は小さい。大きなポイントはないがそれなりのポイントに毛鉤を落としても反応はない。それでも小さなポイントに投げるとチビが飛びついてくる。釣師が多そうなので竿をしまい滑谷奥沢出合手前の10mほどのナメ滝まで下るが、この辺りまでくるとナメも多く沢らしくなってきていい渓相になる。ただ森が若いのでキノコはあまり採れなかった。
狭い河原で焚き火をして、栗、ムカゴ、きのこに骨酒とそれなりの秋の味覚を楽しみ杯を重ねた夜であった。

翌朝は雨。この時期に雨の中を行く沢でもないので、ゆっくりとして来た道を行きしなに探しておいた山葡萄と栗を採って戻る。

帰りは高湯の玉子湯に寄るが日帰り入浴は午後2時まで。宿の方が申し訳なさそうに共同浴場の場所を教えてくださる。おまけに雨の中Uターンの誘導までしていただく。どこぞの秘湯の会とはえらい違いだ。
共同浴場は昨年できたらい。半露天で名前は「あったか湯」250円。駐車場あり。高湯の源泉を自然落差で引湯し掛け流ししている。白濁したなかなかいい湯だった。(記:長南)

<コースタイム>
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