きのこ採り・大源太周辺

2004年10月23日(土)〜24日(日)
担当:森下、佐藤、増田、長南、戸ヶ崎よ、松之舎、関、古市、立田、古川、他2名

2004/10/23 きのこ2004

いつものように湯沢のスーパーでの買出しで、きのこを買うべきかどうか迷うことから始まったきのこ採り。前夜発組を含め3台の車に分乗したメンバーは、12時には、いつもの沢胡桃の森に到着しテントを張り、何組かに分かれてきのこ探しに出発した。

登山道沿い、本流沿い、いくつかの沢それぞれ、なんらかの収穫を得て戻り、暗くなる5時には宴会が始まっていた。
採れたきのこは、ナメコ(ナメコおろし)、クリタケ(天ぷら、キノコ汁)、ナラタケ(卵とじ)、ムキタケ(キノコ汁)、ブナシメジ(キノコ汁)と結構豪華なものであった。

そして、宴たけなわの午後6時前、ゴオッーという地の底から何かが迫ってくるような地鳴りの後、揺れを感じた。宴会場はだだっ広い河原なので問題はなかったのだが、対岸のがけからは石ころがいくつか転がり落ちる音が聞こえた。後でわかったことだが、震度7をも記録した新潟県中越地震であった。その後、たて続けに、上流からの地鳴りと数秒後の揺れ。揺れ自体は、都会のビルの中にいるようなゆらゆらした感じはないのだが、地鳴りの音は、なんとも不気味であった。がけ崩れによる上流での堰き止めと鉄砲水を心配したが、水位にも特に変化は見られず、宴会はその後も余震の続く中、深夜0時過ぎにまで及んだ。
上空を何度もヘリが旋回していたので、もしかしたら…とは思っていたが、一夜明けてラジオなどで被害の大きさを知りびっくりした次第である。在京の方々には、ご心配をおかけしてしまった。幸い関越上り線の通行止めは長岡JCT〜湯沢間のみだったので、帰りの足には支障はなく、子持村に寄って帰京することができた。

自然の恵みとともに、その恐ろしさをも再認識したきのこ採りであった。(記:森下)

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