奥利根・利根川本谷

2008年9月13日(土)~15日(月・祝)
L長南、佐藤、斎藤、小池

2008/09/13 奥利根:利根川本谷

プロローグ
奥利根。それは私の記憶の中で遠い昔から、いつも山の向こう側にあった。いつか足を踏み入れたいと思いながら、これまでかなわなかった山域である。

利根川の本流はその最奥にあって、常に重厚な光を放ち続けていた。シッケイガマワシ、越後沢、ヒトマタギ、剣ヶ倉土合、オイックイ、〇〇コボラ、大利根滝、水源の雪田・・・、何度その不思議な、また魅惑的な響きをつぶやいたことだろうか。
ダムがありボートで入渓することが、有名で釣り人や遡行者が少なくないことが、この大きな谷の魅力をどれほど減じているというのだろう。昔を知らない私にはわからない。もっと大きな変化は、人の考えの及ばないところから忍び寄ってくるように思えるばかりである。
沢胡桃に入って行きたい沢のリストを作ったとき、本谷の名を挙げたものの、「特に行きたい」と星印をつけることはできなかった。それはエキスパートにのみ許された世界であり、どんなに手を伸ばしても、自分には当面届くはずがないと思っていたからだ。
まだ夏はこれからというある日、飲み会で、「9月の連休には利根川本谷に行く」と盛り上がっている人達を、私は雲の上の人を見るようにぼぉっとなって眺めていた。自分は行けなくても、山の話は聞くだけでも好きなのだ。憧れの沢ならなおさらである。
だが何を思ったか、次の飲み会では思い切ってつぶやいてみた。「私も行ってみたいな・・・」
またその次の飲み会で、恐る恐る聞いてみた。「私でも行けますか?」「私も手を挙げてもいいですか?」 小心者の新人は、これだけで清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちなのである。
けれど長南さんは一言。「行けるよ」
(エェ?!長南サン、ソンナニ簡単ニ「行ケル」ナンテ言ッテイインデスカ?アタシ、本気ニシチャイマスヨ?ホントニイッチャイマスヨ・・・?)
かくしてヘナチョコ新人が、憧れの沢のメンバーに加わることになったのである。
利根川本谷の地形図は、奥利根湖、兎岳、平ヶ岳の3枚にまたがっている(尾瀬ヶ原もあると美しい)。本流はあっちに曲がりこっちに曲がり、勝手気ままに蛇行して、崖記号が延々と続き、しかも何箇所も水線がなくなっている箇所がある。よく見るとそこは(実はもう細かいものが見づらい)、万年雪のマークに遮られているのである。地形図上、こんな風になっているところには行ったことがない。一体どんな景観なのだろうか。どんな風に遡るのだろうか。これまでに見た本谷の写真をいくつか思い起こしながら、期待と不安を胸にしまった。
8月の山行不足で体調も万全とはいかなかったが、プレッシャーも不安も、山行中はとりあえず考えないことにした。行くのは自分ではないか。今の自分にはできないことやわからないことがたくさんあるに違いないが、ベテランのリーダーとメンバーを信じて、力及ぶ限りのことをするだけである。

9月13日(土) 曇一時小雨
0時に上牧駅に集合。長南さんは「雨だねぇ。」と少々浮かない顔である。駅待合で仮眠を取り、5時15分に呼んだタクシーで、民宿やぐらへ向かう。車中、佐藤さんと私が携帯で天気予報をチェックすると、土曜の一時雨は変わらなかったが、日曜の雨マークは消えている。ここ数日、ころころ変わっていた予報だが、直前に良い方に変わるとは何だか幸先がよい。
「やぐら」の前では、すでに7人パーティが沢支度をしているところだった。6時のゲート開門と同時に入る予定がこれでは順番待ちかな、と気を揉むが、私たちを先に案内してくれてほっとする。5人乗りの渡船では、7人パーティなら2往復、2時間ほども待つところだったので助かった。またもや幸先がよい。
ダムの駐車場には既にたくさんの車があり、釣り人達がボートを浮かべる順番待ちをしていて、初めて来た私は人の多さに驚いた。ここはやはり、超メジャーな場所なのである。
ダムの下でしばらく待ち、やぐらのご主人が対岸から回してくれたボートに乗り込む。長南さんは、ご主人がボートを接岸させる様子にしきりに感心している。湖は大分水が少ないとのこと。それでも確実な舵捌きで、できるだけ奥まで入ってくれた。
私たちが支度をしていると、女性1名を含む3人パーティがやって来た。トマの風の人たちで、水長沢に入って湿原を周遊してくると言う。何だか楽しそう。その後釣りのパーティが2組やって来たが、先に本流に入った男性2人組は大層足が速く、牧ヶ倉沢付近で彼らが引き返してくるのに会うまで、とうとう追いつくことはなかった。

バックウォーターの縁を、時々ズブズブしながら進むと河原になり、水長沢を分けて本流に入っていく。明るく開けた広い河原で、気持ちがよい。今日は天気も持ちそうなので、オイックイを越えて定吉沢出合まで進むとのこと。左岸に顕著な岩盤を見ると、右岸のごく河原近くに雨量計が設置されている。
小さな滝をかけた地味な一ノ沢を過ぎると、ゴルジュ帯が続くシッケイガマワシに入っていく。雪渓はなく水量も少ないので、水線沿いに通過することができた。水量が少ないのは、まだ徒渉に慣れていないヘナチョコの私には、とてもラッキーなことだった。しかしなぜか、出だしから何でもない河原で足をツルリと滑らせて、頭を下にしてひっくり返り、後ろにいた斎藤さんをおおいにドッキリさせてしまった。斎藤さんごめんなさい。う~む、まだ緊張してるのかな。リラックスリラックス・・・。
又右衛門沢の手前の淵では腰まで浸かる。又右衛門沢の先にある狭い淵には、右岸に残置ロープがあり、岩の上を巻く。『奥利根の山と谷』では、この二つの淵のうち後者が又右衛門ヶ淵とされているが、別の本では前者としているものもある。
六ノ沢を過ぎて、右岸に初めて小さな雪の塊を見る。井戸沢を過ぎると、水の色はより深い碧色に変わる。再びゴルジュ帯となり、沢が直角に左曲しさらに小さく右曲したところに巻淵がある。滝は小滝だが、深い色をした大きな釜に、真白い渦を巻いて流れ落ちているところだ。長南さんが泳いで右手の岩に取り付くが、水から上がったところで「足が攣った!」と叫んでいる。短い距離だがロープを出してもらって通過。

越後沢出合は、意外なほど静かに澄んだ穏やかな流れである。この先にあの素晴らしい大滝を抱えているとは思えないほどであるが、出合の流れは本流よりも明らかに冷たく、雪を残していることが窺われる。越後沢出合から右岸の明瞭な踏み跡を少し上がった台地に、広いテン場があったが、最近使われた形跡はなかった。その先でやがて踏み跡は不明瞭になり、九ノ沢の手前で本流に降りた。
静かな水を湛えたゴルジュを進み、剣ヶ倉沢を過ぎると、有名なヒトマタギである。みんなお定まりのポーズを決めているが、身体の固い私には跨げそうにない幅なので、あきらめて眺めるだけで通過。この辺りから牧ヶ倉沢の辺りまで続く長いゴルジュ帯が、剣ヶ倉土合である。水量が少ないのですべて水線沿いに通過することができた。両岸狭まった淵は、右岸に残置シュリンゲが3本ほどありへつるが、私には少々難しくロープをもらう。この辺りに、今朝の釣り人のものと思われる魚のビクがデポされていた。釣り上がってこの速さとはと、一同舌を巻く。よほどこの谷に慣れた強者なのだろう。
昼前から、時折パラパラと雨粒の落ちる空模様になる。左岸から小沢を入れると谷は明るくなり、牧ヶ倉沢出合で昼食。
黒滝沢手前の深い淵では、お助けロープをもらう。滝ヶ倉沢を過ぎ、右岸に数本のルンゼを見送ると少し開けた河原となる。ここで先頭を歩いていた長南さんが、いきなり「で・か・い!!!」と素っ頓狂な声を張り上げたので、びっくりした。聞けば、鯉のようなでぇ~っかい岩魚がいたとのこと。ふうん、岩魚って鯉みたいになるのかぁ。長南さんは早速竿を出してみているが、当たりはないようである。

再びゴルジュになりわずかに屈曲するところで、長南さんが振り返った。その顔を見て、その先に何があるのかはすぐにわかった。いよいよオイックイの雪渓のお出ましである。ここは地形図上も、万年雪マークのあるところだ。上は真っ黒に泥などが乗っていて、かつては白く降り積もった雪とはとても思えないブリッジがかかっていた。少し右に屈曲しているので出口は見えないが、明るいのであまり長くはないのだろう。比較的厚みがあり安定しているとのことで、一人ずつ摺り足でさささっと通過するようにとのこと。新人には、「だけどガチャーンと転ばないようにね」との注意が付いた。はい。ぽたぽたと滴の落ちる雪渓の下を急ぎながら、沢では駆け抜けるようなスピードが必要なのは、このためだったんだな、と妙に納得している自分がいた。幸いこのブリッジの下は、平坦な河原状だった。出口付近では、崩れ落ちたブロックの堆積を乗り越えなければならなかった。出たところに大きな雪の柱が溶け残っていた。不思議な造形である。
左岸から下北沢が入ると沢は左曲し、右岸から越後コボラ沢が入ると沢は右曲する。左岸から小沢に続いて上北沢が入るのを確認する。越後コボラ沢と上北沢の間は、地形図上も万年雪マークがあり、悪い雪渓が多いとされているところだが、雪はまったく残っていなかった。上北沢の先で緩く沢が右にカーブすると、雪渓第二弾が現れた。この雪渓は暗くて出口が見えなかった。中に進むと途中で左にカーブしており、岩をへつるように越えなければならないところがあった。そこで私はルートを間違えてもたついてしまい、サポートしてくださった斎藤さんにたいそう怖い思いをさせてしまった。斎藤さんごめんなさいPart2。自分もとても怖かった。
その雪渓からゴルジュを進むと、また大きな雪渓が現れた。ここも長い万年雪マークがある所なので、あるのが当然といえば当然の場所だ。厚みはあまりなく、前の2つの雪渓よりも不安定のようである。しかし巻くという選択肢はほとんどないようだった。長南さんが先行するが、暗黒の中に吸い込まれるように見えなくなってしまった。佐藤さんが、「先が見えなくて合図できないので次に私が行く」と続いて入って行ったが、それもすぐに私には見えなくなってしまった。斎藤さんが、OKだと言うので、ほぼ一緒に入って必死で走り抜ける。真っ暗だと思った雪渓の中は、途中所々崩壊していて、明り取りのように光が差し込んでいる。その明かりを出口かと思いきや、雪渓はその先もまだまだ続いており、なかなか終わりが見えないのである。まるで悪夢の中でなかなか前に進まないような感じだ。ていうか、これってインディ・ジョーンズみたいじゃない?(そんなこと考えてるヒマがあったら走れ!) この雪渓の下も悪場はなく、走ることができて助かったが、とても長かったので、抜けたときには徒競走のダッシュをし終えたように胸が苦しかった。顔はかなり引きつっていたに違いない。7月に経験した矢種沢の雪渓よりも、はるかに長かったと思う。一旦途切れたあと、すぐに続いている短い雪渓を抜けたところで、もう雪渓はないだろうとのこと。とりあえずほっと胸をなで下ろす。私はもちろん、他のみんなも、もう雪渓はお腹いっぱい胸いっぱいの様子である。地形図を見直すと、中越後沢はこの長い雪渓の中で出合っていたようだが、しかとは確認できなかった。
結局、雪渓は安定したものも崩落間近のものも、巻上る高さではないということで、すべて潜ったことになる。増水するのでこのような天井の高い雪渓になるとのこと。雪渓が高いだけでなく、側壁も高く傾斜がきつく、巻くとしたら確かに大変な時間がかかることだろう。
雪渓の先もしばらくゴルジュが続き、部分的に泳ぎが必要になる。雪渓はこういうゴルジュにも残ることがあり、そういう時は暗い中を泳ぐことになるのだとか。そんなことにならなくてラッキーだった。泊まりのザックでの泳ぎが苦手で、まだまだコツがつかめない私は、しばらくためらいながらもどうにかこうにか通過。こりゃどっかで特訓が必要ですな。上り口に残置ハーケンあり、お助けスリングを出してもらう。
河原状になった沢は、左にカーブしながら、左岸から3本ほど枝沢を入れる。最後の枝沢は二条になって流れ込んでいる。地形図上、本流の流れが水溜りのようになっている地形は、よくわからなかった。
裏越後沢出合に着くと、佐藤さんが、「おっ、濁ってるね。(これは上に)雪渓があるね。」と言いながら通り過ぎていった。私が記録をつけていると、後ろからやってきた長南さんが、佐藤さんとまったく同じことをまったく同じ口振りで繰り返したのには驚いた。まるで録音テープのようだった。長年同じ釜の飯を食ってきた沢屋って、同じことを考えて話し方も似てくるものなのかなぁ、といたく感心した。
蛇行する河原を進み、右岸から入る朝之助沢を確認すると、じきに今日の泊り場、定吉沢出合に着く。一段上がったイタドリの台地と河原を整地して、タープ&ツェルトを2組張った。着替えと焚き火で濡れた身体を乾かし、ようやく一息ついた。夕飯の支度中に雨が降り出し、一時ツェルトに避難するが、やがて止んだので、焚火を囲んで食事をすることができた。焚き火の炎、斎藤さんの美味しい食事、パワーアップしたミントティーに苦戦するリーダーの顔が、一日の緊張を溶かすように和らげてくれた。
夜は星月も出て、明け方少し冷え込んだが、ツェルトの中は、シュラフカバーと雨具だけでもさほど寒くはならなかった。
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五線譜の波立つ湖面に 音符のごと 不安浮かべて 我入渓す
胸浸かる ビー玉色の淵なれば 下手の泳ぎも 楽しかるらむ
大雪渓 潜りて走りて息止めて 出でて命の あるを確かむ
しばらくは 焚き火の炎の傍らに 己が居場所を定めたりけり

9月14日(日) 晴
羊雲が浮かび、秋の気配を漂わせた青空の見える朝となる。
今日は佐市平までの短い行程なので、魚止までに釣りをするとのこと。まずは定吉沢のすぐ先にある淵を、右手の岩から越え、懸垂で降りて、暗くて狭いゴルジュに入る。小滝の手前の淵は深く、少し立ち泳ぎの練習になる。
東俣沢から喜代志沢の間は、小滝と釜が連続し、へつりながら進む。斎藤さんが何度か、ちょっとしたtipsを与えてくれ、新人にはなかなか楽しい所だった。
喜代志沢を過ぎると小川のような河原になり、長南さんと佐藤さんが釣りをするので大休止となる。折から朝の日差しが谷間に差し込み、のどかな雰囲気に、釣りの見学はまたにして思わず日向ぼっこを決め込む(これだから上手くならないんだよね~)。長南さんが、毛鉤ですぐに大きな岩魚を釣り上げたのでびっくり。鮭のような顔立ちの雄である。このあと雌1匹が追加される。
小さな西俣沢を越えたところで再び釣り休憩。また長南さんがすぐに釣り上げた。私には大きな岩魚に見えたが、リリースしていたので、もっと大きいのでないと満足できないのかなぁ、と思っていたら、その後は釣れなかったようだ。この辺りの岩魚はのんびりしているそうだ。魚の性格にあわせて釣るのは難しいんだろうな。先ほど釣った2匹は、ここで捌いて、その場では少しだけ刺身で頂き、残りはナメロウ用の味噌漬けと、揚げ物用に塩をまぶしておく。卵は醤油漬けに。
魚止の滝は2条になっている。左の岩場を登ってからブッシュに入って巻く。佐藤さんは尾根沿いに上がり長南さんはトラバース気味に巻くが、私にはトラバースは難しいとのことで、佐藤さんについて行かせてもらう。まだまだ巻きの足取りは覚束ないようだ。
その先は深い釜が2、3続く。正面にルンゼがあり、本流がほぼ直角に右に曲がるところにある6m滝は、左から登るが、上部でロープを出してもらった。2段10m滝を左から越え、正面に雪のブロックを見て沢が右に曲がるところで、長南さんが振り返った。えっまた?今日はないんじゃなかったの?

万年雪マークで予見はできたかもしれないが、丹後沢手前からの長い雪渓が残っていたのである。入口は左岸側がわずかな接点で引っかかっているようで見るからに恐ろしい。後ろから来た佐藤さんも、一目見るなり、「今日にも落ちそうだな・・・」と真顔でつぶやいている。長南さんが「石を投げて落としたいくらいだ」と言うので、思わず「投げてください!」と叫んでしまった。もちろんそんなことはしないのである。かといって、この雪渓も側壁はほとんど垂直に切り立ち、巻くという選択肢はほとんどないようだ。長南さん、斎藤さん、佐藤さんの順に、わらわらと雪渓の下に突入していく。(あ、ぼぉっとしてたら最後になっちゃった。置いてかれたら大変・・・) でもここは佐藤さんが時々振り返ってくれたので安心だった。佐藤さんありがとう。しばらく進むと、雪渓の中で沢は二俣に分かれていた。(どっちかな。丹後沢が左から入って本流は大きく右にカーブしていたはずだけど、もう丹後沢まで来たのかどうか・・・) 二俣は右側が暗く、左手の方が明るく広い。雪渓の下で地図を広げて確かめるのは時間を取るから嫌だな、と思いながら左を覗くと、先に入った二人がすでに雪渓の外に出ているのが見えた。(あ、じゃ丹後沢はまだなんだ、右から入る沢があったのかな)と思いながら、佐藤さんとそちらに行く。ところが出てみると、雪渓の向こうに見える二俣の右側のほうの沢が大きい。今いるところは丹後沢で、やっぱりあっちが本流だということになり、たった今通ってきたばかりの雪渓の下にUターン。距離的には昨日の3番目の雪渓よりは短かったと思うが、もう今日はないのではと思っていたところに出てきたこと、Uターンしたことで、この雪渓もとても嫌なものだった。

雪渓を出たところに深い釜を持つ3m滝があり、それを越えて昼食とする。
6m滝を左から越えると沢は右曲、続く4m滝は、右手の草付を、ロープをFIXしてトラバースした。自分はいつでも、絶対落ちたらまずいと思って動いてはいるが、下りてから佐藤さんに、「わかってたかな~と思って」と指摘されて、改めてこういうところは落ちたら困るところなんだなぁ、と思った。その後、ここでロープをFIXしてトラバースする際、プルージックがよいのか、いわゆるチョンがけがよいのか、落ちる人の負荷や救助するときの視点から議論になり、訓練の際に検証してみてはという話になった。
左から丹後コボラ沢が入り、その先に大利根滝があることが窺われる。大利根滝は沢が左に曲がるところにあり、しかも窪んだ岩壁の奥を落水しているため、その前まで行かないと見えない。何度も写真で見慣れた光景ではあるが、本物の前ではやはり何もいう言葉がない。ただ大文字草の揺れる岩壁の脇で、自分も大文字草のように今ここにいるということを、感じているばかりである。
大利根滝の右壁を、斎藤さんが軽々とリードしていく。途中残置に中間支点を一ヶ所取り、上部でトラバース気味に進み、落ち口上部で支点をFIXした。2番手は私がプルージックで登る。上りきると、斎藤さんから、「プルージックのときは、中間支点を外しちゃ駄目」と注意された。「え?ちゃんと掛け替えてきたんですけど」と言うと、「でも掛かってないよ。ほら。」 見ると確かに、ロープは一番下までブラブラである。(あれ~?ちゃんとしたつもりだったんだけど・・・。こんなことができてなかったなんて・・)と、ちょっと落ち込んでしまった。次に佐藤さんが上がってきたので、「中間支点を外しちゃってスミマセン」と言うと、「いや、あの支点は全然効いてなかったんだよ。ちっとも悪くないよ。」とニコニコしている。しばらく意味がわからなかったが、なんと、私が掛け替えて通過した後、ロープを少し引っ張ったはずみに、残置ハーケンが抜けてしまったそうだ。下にいた佐藤さんと長南さんは、それを見て大笑いしていたそうである。このハーケンは、その後私がお土産に頂いた。
イタドリの生えたハト平を過ぎ、結構水量のある深沢が左から入る。その先の6m滝は右から巻き、下り口に足場のないところがあるということで、懸垂で下りる。小滝と釜をいくつか越え、東小沢の先にある佐市平を泊り場とする。広い台地があり、少々草を刈ると、とても快適なテン場になった。
今宵は佐藤さんの食事に、岩魚のフライ(&タルタルソース)、ナメロウ、骨せんべい・・・、私は今回は心して、ノンアルコールで軽量化を図ってきたのだが、美味しい岩魚に思わず、斎藤さんの美味しいウィスキーのご相伴に預かった。今日のあの雪渓はもう落ちたのだろうか。どんな風に落ちるのだろうか、どんな音がするのだろうか・・・。そんなことをぼんやり考えながら、焚き火の前で温まる。増水の心配もなく、オイックイの雪渓も無事通過して来たため、みんなもう難所は終わった気分になっていて、明日の滝場を考えてどぎまぎしているのは、新人くらいのものである。佐藤さんは、これまでの沢の中で、この沢は間違いなく5本の指に入るという。静かな流れの傍らで焚き火を囲み、沢の話をあれこれとするのは、本当に楽しい時間だった。
寝入る頃には満月の光が谷に差し込み、夜中に起きたときにはヘッドランプの要らない明るさだった。夜中の寒さに、初めてレスキューシートを使用するが、大変暖かくてよいものだった。
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心軽く 面を上げれば 羊雲の群 ゆふるりと進みていたり 
浅き瀬を 走る岩魚の黒々と 命さやけく線を引きたり
たうたうと 白き泡立つ滝壺の 底に住めるや 大利根の主
月満ちて 山の端淡く浮かびおり やがて渓間に 光溢るる

9月15日(月・祝) 曇
最終日は、滝登りの一日である。快適なテン場を後に出発する頃、私の大好きな目細の鳴き声が谷に響いて、うれしい気持ちになる。だが、鳴いたのは一羽だけでどこか寂しげ。もう渡りの季節なのか・・・。
西小沢を分け、裏西小沢を分けると、その先は人参滝まで、小ぶりの滝が続く。中には深い釜を持つものもある。1330m付近の地形図上の滝マークは、実際は3mほどの滝と思われるが、その釜は深い。1350m付近、1400m付近で左岸から入る枝沢で、現在地を確認できる。
1400mの枝沢の手前にある2m滝は、深い釜を抱え、右の草付を巻く。ブッシュにつかまりながらトラバースし、少し下り始めたところで、先頭の長南さんから、「滑るから気をつけて」とのこと。あ、ここは切れていて滑ったらまずいなぁ、と思いながら下り始めたとたん、足を滑らしてブッシュに両手でぶら下がり、足場が取れずに他力本願の状態に陥ってしまった。う~むこれはまずい。どうしたらこの状況を打開できるかなと思っているうちに、また5センチほどずり落ちる。膠着状態の中で「足場がない~」と言っていると、長南さんが戻ってきて、「うん、ないね」と私の左足をつかんで横に伸ばし、ひょいと足場に乗せてくれた。こういう時もリーダーは、慌てず騒がずなのである。長南さんありがとう。
1400mの枝沢の先の狭いゴルジュの出口にある3m滝は、右壁をへつる。長南さんがトップで行くが、かなり厳しいというので、私は荷揚げしてもらった。しかし途中でセミ状態をしばらく続けた後、何とか状況を打開できそうな気になって足を動かし始めたところでツルリ、ドボーン!周りから「惜し~い!」の声が飛ぶ。振り出しに戻り、再チャレンジですると今度は成功。楽しかったが頭のてっぺんまで濡れたので、その後ずっと寒かった。
6m滝が現れ、斎藤さんが左壁を空身でリード。私も荷揚げしてもらって上がる。
小さな狭いゴルジュを抜けると、正面にルンゼを見て右手に人参滝12mが現れる。黒くヌメって滑りそうな滝で、右手のリッジから長南さんのリードで巻くが、上部のブッシュに入るところが急でロープを出してもらう。この滝の何がいったい人参なんだろうと首をひねるが、岩場にニンジンのような草が生えていたので、滝の形ではなくて草から来たのかなぁ。
深山滝は、1530m付近の滝マークだと思われる。薄桃色がかった岩壁に囲まれた優美な2段滝である。水流沿いは黒くぬめっている。右壁を長南さんがリード。この上に、2人がやっとくらいの小さなビバークの跡があった。

赤沢滝は、文字通り赤い溝になっている。トップで登っていった長南さん、ここまで濡れずに来たのに最上部の一段でシャワーを浴びてずぶ濡れに。そこだけ黒く滑って上がりにくそうなので荷揚げをし、お助けスリングを出してもらう。
最後の滝も赤っぽく、水上滝と名前がついている。長南さんは左のルンゼから巻く。佐藤さん、斎藤さんは、水流の右を登って、私のためにロープを出してくれた。登ると佐藤さんが、「ロープなくても登れた?」私「う~ん、登れたと思うけど、なかったらひぇ~怖いなーと思いながら登ったんじゃないかな~」
これで滝場は終わり。水上滝のすぐ上の4mを越すと、長南さんが澄ました顔でブルーベリーをむしゃむしゃ食べていた。でももう時期が遅かったのか、あまりたくさん生ってはおらず、私はほとんど食べられなかった。
源頭は草原の中の流れとなり、モミジカラマツやセリ科の清楚な白い花に囲まれながら、詰め上がる。あまりに気持ちがいい草原に、思わず座り込んで休憩のリクエスト。沢を詰め上げて、周囲の山々を見渡せる草原で休憩するなんて、今までしたことがなく憧れていたので、してみたかったのだ。名前を知っている山々に囲まれて風に吹かれているのは、何てうれしい気持ちがすることだろう。
そこから薮こぎなしで、初心者の草付の練習によいくらいの草原をほんの少し登り、登山道に出た。登山道から携帯が通じたので、タクシーを予約。水源の碑で記念撮影をした後、丹後の小屋に立ち寄って、タクシーの時間を考えながら、十字峡に下山した。途中、5合目下と2合目下で、楢枯れの木を初めて間近に見た。後者は完全に枯れていたが、前者は今まさに枯死が進行中だった。立派な美しい樹だったので、たいそう悲しい気持ちがした。

十字峡小屋の料理が以前来たときに美味しかった、という長南さんの話に、開いているといいなぁ、と期待しながら行く。ちょうど私たちが着いたときに、十字峡小屋のサキさんが、営業中の看板をしまおうとして、小屋から出てきたところだった。「あーっ!」と叫ぶと、サキさんはニコニコして看板を戻し、事情を話すと、タクシーが来るまで開けてますよ、とのこと。よかったよかった。ありがたくタクシーが来るまで小屋の中で打ち上げをする。気さくな人柄のサキさんとの話にも花が咲き、どんどん出してくれる手作りのおつまみはどれも美味しく、最後には天然マイタケの刺身まで頂いてしまった。
なお、十字峡小屋の無線でも、タクシーは呼べるそうである。
十字峡から六日町に出、お風呂は省略して駅前で買い物をし、湯沢から運良く始発の新幹線に乗れたので、打ち上げの続きとなる。いつの間にかみんな眠ってしまい、途中で降りる人も寝過ごして、全員そろって東京駅で下車して解散した。
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目細鳴く 朝の谷間に一羽鳴く 夏の終わりを 告げる歌にて
歳を経し 男らの顔に刻まれし 皺の深きの美しきかな
同じ滝 同じ流れを 遡り来て 同じ渓風に 吹かる楽しさ
嗚呼此処が 利根の流れの源か 静かに揺れる 紅葉唐松

エピローグ

まずは、泊まりの山行を一度も一緒にしたことのない新人を、メンバーに加えてくれたリーダーの度量に感謝したい。山行中、何くれとフォローしてくださった佐藤さん、斎藤さんにも感謝。そして沢胡桃の他の方々にも。
利根川本谷は、厳しい顔も、優しい顔も見せてくれた。私のような経験の浅い者にとっては、かなり身の程知らずの遡行だったのではないかと思う。だが、心はなぜだか、初めて訪れたところにもかかわらず、また、怖いこともあったにもかかわらず、山行中はいつも、懐かしく親しみのある気持ちに満たされていた。
下山後のタクシーの中で斎藤さんに、「あんなに雪渓や滑ったりして怖い思いをしたのに、よく『もうやめる』って言わないね~」と言われ、あ、普通の人はそう思うのかな、と、はたと戸惑ってしまった。
だが待てよ、自分より周りのほうが怖い思いをしていたのかも・・・。どうかこれに懲りないでほしいものである。こんなに素晴らしいところに来ることができたのだから、これからも許される限り、沢に行き続けたい、というのが今の私の気持ちである。
(記:小池) 

<コースタイム>
9/13(土) 八木沢ダム6:20―下船6:40/7:15―井戸沢出合8:40/8:55―越後沢出合9:50/10:10―牧ヶ倉沢出合12:10/12:40―裏越後沢の手前15:35/15:50―定吉沢出合16:25
9/14(日) 定吉沢出合7:50―喜代志沢の先8:45/9:40―西俣沢の先9:50/10:40―丹後沢雪渓の先12:05/12:45―大利根滝13:15/13:55―佐市平15:15
9/15(月・祝) 佐市平6:55―1400m付近枝沢8:00/8:15―6m滝8:40/9:05―人参滝9:10/9:40―深山滝9:50/10:15―赤沢滝11:00/11:25―水上滝11:40―登山道12:45―丹後避難小屋13:15/13:25―十字峡16:15

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