私は山に登るよりも、山を思い過している時間が好きなのかもしれない。
山行を重ねるほど、臆病になって来た。
予報に反した突然の大雨から際どい脱出。大滝登攀中に、落ち口に熊が現れ進退窮まったこと。岩で壁を登りきり岩峰頂上に立つと、壁に隠されていた暗雲が急速に迫り、ビレー中には頭上に雷鳴も響き始め「はやく登ってくれー!」
山行がふえるに伴い想定外の状況と遭遇する事もあり、幾度かの怖い思いをさせられた。
「おっ、アブね〜」「ヤバ〜」繰り返される山での小事だが、小心な触覚は不穏の気配を感じ、「なんか変だぞ?」それは体調からか、山とリズムが合わない為かは知れずとも行動が殊更慎重になる。
あの山、この山へと自由に行けるようになりたいと思う。
資料を読み想像を膨らませ準備・計画している時間はとても楽しい。いつも目指す山が頭の中にあり、ふっと考えてしまうことが良くあり仕事の効率はとても悪い。
ガチャの不足は?エスケープは?
目指す山に対峙するまでに、どれ程シュミレーションしたことだろう。
面倒な段取りを済ませ、やっと山に入る。
閉じ込め圧縮してきた五感を解き放ち、溢れる山の精気を感じると内部から心地よい緊張が漲り始める。
一歩、一歩、 山の中へ 山の奥へ
「この景色、この空間」思い憧れていた山を歩く。
「行きます!」 ロープを結びプレッシャーに克ち登攀のコール。
この一瞬を求めここに来た。
積み上げてきた時間が私のなかで描かれる。
一歩、一歩、 山の中へ 山の奥へ
臆病な心は取り巻く空気を探り始める。
「!?」
順調な行程にも「逃げ道は?」「降りられるか?」
降りる一歩を考えながら、一歩登って行く。
敗退! 「くそっ」「あと一歩、行けば良かったか?」と、引き摺る思いは大きい。
悔やむは過信と慢心の顕われか。
憧れた山なのだから、無事の撤退と喜ぼう
さ〜ぁ 家に帰ろう!
再び挑む日のために。
(さい)